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小樽という地名は、アイヌ語の「オタルナイ」(砂の中の川という意味)と呼ばれていたことに由来します。今から400年前(慶長年間)に松前藩の知行地として開かれたのが始まり。 やがてニシンを求めて定着する人々の数が年々増加し、元治2年(1865年)、漁業を中心とした集落314戸が建ち、オタルナイ村となりました。 |
世界で初めて日本海の荒波に耐えられ、安全に入港できるよう、「北防波堤」が建設されました。これにより、世界の貿易港として栄え、ニシン漁の好調も相まって、北海道経済の中心都市として明治・大正・昭和初期に繁栄しました。 やがて漁港から貿易港として発展を遂げ、港に近い中心部は「北のウォール街」と呼ばれるようになりました。 |
港と坂道、運河と石造倉庫、そして歴史と文化の薫る街並は、運河沿いにガラスショップやレストラン、寿司店などに生まれ変わって、その当時をしのばせる街並や歴史的建造物などノスタルジックな小樽をひと目見ようと多くの観光客で賑わっております。 郊外に足を伸ばすとニシン漁の歴史を伝える祝津地区には「鰊御殿」や東洋有数の規模を誇る「おたる水族館」があり、朝里川温泉という山内の温泉郷もあります。![]() また、夜景を楽しむポイントが市内各所にあります。 詳しくは、小樽観光のページをご覧下さい。 |
繁栄と共に人口が増え、街には市場ができ、港から水揚げされたばかりの新鮮な魚介類が並ぶようになりました。![]() 大正後期から昭和の始めの頃、その食材の宝庫に目を付けた若者達が全国各地で板前の修業を積んだ後、ここ小樽で寿司屋を次々と開業するようになり、現在では、市内に130店以上に及ぶ寿司店が建ち並びました。 そこで、全国に向けて名所を作ろうということで老舗の店主達が発足し、札幌ススキノの「ラーメン横丁」に対抗すべく「寿司屋横丁」とするが、「どこが横丁なのか?解り難い!」と、いうご意見を沢山頂戴し、昭和62年に地獄坂へ続く国道5号から運河方向の200mの区間を「寿司屋通り」と命名しました。 現在では、「寿司の街おたる」にふさわしい名所ができ、日本全国に知られるようになりました。 |
●地形北海道後志地方の東端に位置しており、市街の中央部は三方を山に囲まれ、一方は石狩湾に面しています。背後の山々が海にせり出していて平地は少なく、全体として坂道の多い東西に長い地形のまちです。 ●位 置 北緯43°11'20'' 東経140°59'53'' ●面 積 243.13ku ●広がり 東西36.5km 南北20.4km ●海岸線 66.8km ●人 口 150,534人67,301世帯(平成13年7月31日現在) |